School of Dog?

ブログというより、昔のホームページみたいな……。

実存主義と、星新一「処刑」と

f:id:school_of_dog:20170803111108j:plain社会科>公民>倫理>実存主義

f:id:school_of_dog:20170803111110j:plain実存主義・ハイデガー・死への存在

 

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f:id:school_of_dog:20151105224443j:plain遥か昔の話になるが、私の祖母が亡くなった。

 孫バカだが、怒るとものっそい怖い人だった。

 火葬場で箸を持ちながら、「あぁ、あんなにもエネルギッシュで、不死身じゃないのかとすら思えた婆ちゃんも、こうもあっさり亡くなってしまうもんなんだなぁ」なんてことを考えた。

 同時に、「じゃあ、私も間違いなく死ぬじゃんか。もうちょいちゃんと生きねば」みたいなことも頭をよぎったのを覚えている。

 

 そんな殊勝なことを考えたにも関わらず、仕事の日々に戻った途端、自分はいつか死ぬんだなということを忘れてしまう。

 で、数年後に親しい友人を亡くし、自分も死ぬんだなという感覚を取り戻すものの、やっぱり忘れてしまうのだ。

 

 「世人は、死はあらゆる瞬間に可能であることを、隠蔽してしまう」

 ドイツの哲学者、ハイデガーの言葉である。

 私たちはしばしば、日常生活の忙しさみたいなものに埋没して、自分自身であること(実存)を見失ってしまう(誰でもないただの人=ダス・マンになっている)。

 では、実存を取り戻すにはどうすればよいか?

 ハイデガーは、「みずからの死を覚悟し、死の可能性と向き合うことによって、一回限りの人生を真剣に生きることの意味を見出すことができる」と言った。

 そして、「自分は間違いなく死ぬし、人生は一回限りしかない」という厳然たる事実から目を逸らさないで、一生懸命生きる人間を、「死への存在」と呼ぶ。

 

【参考にした本】

もういちど読む山川倫理

もういちど読む山川倫理

 

 

 星新一の「処刑」というSSは、どうも実存主義が下敷きにあるような気がする。

 この作品、星新一では一番人気らしく、インターネッツにもたくさんの考察が載せられている。

 面白いのは、それらの内容が人によってずいぶんと違うことだ。

 素晴らしい!

 星新一も、「作品は、すでに作者の手を離れた場所にあり、そうあるべきものだと思う。だから、読者がどう読もうが、それは自由で、それが望ましいことなのだ」とはっきりあとがきに書いている。

 私は、「処刑」というSSを、「死から目を逸らしてきたダス・マンが、死がどんな状況でも絶対不可避であることを改めて実感し、実存を取り戻す物語」と読んだ。

 とは言え、私は私の考え方が絶対に合っているとは、1mmも思っていない。

 自分が一番スッキリする解釈を見つけられればそれでいい。

 

【収録本】

ようこそ地球さん (新潮文庫)

ようこそ地球さん (新潮文庫)

 

 

 こんな小さなブログ記事にたどり着いているということは、星新一の「処刑」を既に読んだ方が、「これ、どういう話だったんだろうなー?」とググったに違いない。

 だから、あえてあらすじを書く必要もないだろう。

 同様の理由で、ある程度の(というより、相当の)ネタバレもご容赦いただきたい。

 

 主人公は逃れようのない死への恐怖の末、絶叫し、悟る。

 

 「なにが同じなのだろう。ああ、そうか。彼はすぐわかった。これは、地球の生活と同じなのだった。いつあらわれるかしれない死。自分で毎日、死の原因を作り出しながら、その瞬間をたぐり寄せている。ここの銀の玉は小さく、そして気になる。地球のは大がかりで、だれも気にしない。それだけの、ちがいだった。なんで、いままで、このことに気がつかなかったのだろう」

 

 それに対し、銀の玉は、「やっと、気がついたのね」と優しく笑う。

 図で整理すると、こういうことなんじゃなかろうか。

 

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 生の有限性に気づけば、よく生きることができる。

 そう説いた人は少なくない。

 最近では、スティーブ・ジョブズが「今日が人生最後の日だとして、今からやろうとしていることは、本当に納得行くことか?」とスピーチしていたような。

 

 目に見えないだけで、地球で暮らす私たちも常に銀の玉のスイッチを押しているのである!

 「ジーッ」という音が聞こえてくるようだ。

 いつ爆発しても後悔しないように、一生懸命生きてみようじゃないか。

 

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f:id:school_of_dog:20150803102459p:plainこの話は、もっと深いことを伝えようとしている気がする。例えば「絶叫」も、何かの比喩なのだろうけど、パッと浮かんでこない。それから、当時は「疎外」という言葉がもっと話題になっていたに違いない。だけど、そのあたりの話自信がないので本文では出さなかった。