School of Dog?

ブログというより、昔のホームページみたいな……。

携帯ショップで怒鳴るおっちゃんと、星新一「契約時代」と

f:id:school_of_dog:20170803111108j:plain社会科>公民>現代社会>市民生活と法

f:id:school_of_dog:20170803111110j:plain契約

 

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f:id:school_of_dog:20151105224443j:plain「は? 違約金が発生する? ありえねぇだろそんなの。払わねぇぞ俺は!」

 「いえ、契約時にお約束していることですので、そういうわけには……」

 「そんなこと聞いていませんー。何考えてんの、アンタ」

 「スタッフのマニュアルでですね、契約の際に違約金のお話は必ずすることになっていまして。それをご了承いただいていないなら、携帯電話をお渡ししていないはずなんですよ」

 「聞いてねぇよ!」

 

 誤って落としてしまい、蜘蛛の巣みたいな画面になった携帯電話を持ってド●モショップに行った、ある日のこと。

 店内のソファに座り、呼ばれるのを待っていると、突如、おっちゃんの怒声が響いた。

 声をあえて枯れさせる、恫喝の王道テクニックでおっちゃんは攻める攻める。

 一方で、対応している若い男性店員の声は弱々しい。

 これ、結末はどうなったんだっけな。

 随分前のことだから忘れてしまったけど、何だか記憶に残っている出来事だ。

 全国津々浦々、携帯ショップで毎日のように繰り広げられている光景だろう。

 

 私たちの生活には、「契約」が溢れている。

 私たちは契約なしに生きることができない。

 極論、誰かと何か約束事を交わしたら、それらはほぼすべて契約であると言える。

 人間は、朝起きて、出勤して、帰ってきて寝るまでの間に、一体何十個の契約を結んでいるのだろう?

 

 契約という考え方は、色々な意味で便利だ。

 だけど、どこか息苦しい。

 

 「ねぇ、あなた。2017年7月31日の21時13分、東京都杉並区●丁目▲番地の自宅食卓で、『最近帰りが遅くてごめんな。そうだ、今度散歩にでも行こうよ』って言ったよね? で、私は『そうね、じゃあ次の日曜日にでも行きましょう』と返したの。私たちの間には、あの時契約が成立したのよ。今日、散歩に行かなかったら、契約不履行だわ」

 

 日曜日の朝、妻がこんなことを言ってきたらどうだろう。

 仮に行くつもりだったとしても、何だかゲンナリしてしまいそうだ……。

 いちいち法律を出さなくても、約束したんだから、行くに決まってるだろ!

 って。

 

 そうは言っても、社会は義理・人情よりも法律に頼るところを大きくしてきている。

 つまり、法化してきているのだ。

 義理・人情か、法か。

 このような問題について考える時、引き合いに出されるのが1977年に起こった「隣人訴訟」だろう。

 この事件は世間に対して、「人々は、法律とどう付き合っていけばいいのか?」という問いを生々しく突きつけた。

 

「隣人訴訟」事件

 

 さて、「隣人訴訟」が発生するよりも10年以上前に、星新一は「義理人情と法律とのシーソーが、法律の方に傾きすぎた社会」を描いている。

 『午後の恐竜』に収録されている「契約時代」という作品だ。

 

午後の恐竜 (新潮文庫)

午後の恐竜 (新潮文庫)

 

 

 小さな印刷会社の社長が、ちょっとした集金に対応するところからストーリーは始まる。

 社長、集金をしに来た人それぞれに、弁護士が付いている。

 彼らは別に、法的な争いをしているわけではない。

 何をするにしても、契約がすべてを支配する、そんな社会になってしまったのだ。

 その後、買い物をするにしても、女性を口説くにしても、法律と契約が付きまとう様子が見事に表現される。

 オチは「ほー」となる系。

 

 今から50年前の作品だが、50年前はどのような評価でもって読まれたのだろう?

 「うわ、こりゃひでぇやwwwww」って感じかな?

 高度経済成長を迎えたとはいえ、この小説で描かれる法化の極端さは、フィクションの域を脱しなかったはずだ。

 一方、今を生きる私がこの作品を読んだ感想は、「うわ、こりゃひでぇやww」。

 50年前より、草が少し減る。

 つまり、笑えなくなってきている。

 

 昨今の日本社会は、間違いなく法化してきている。

 都市化が進むと共通の空間で生活する時間が短くなり、ルールを共有しづらくなる。

 だから、法律という共通ルールが使われるようになる、というのが大きな理由のひとつだそうだ。

 他の理由としては、グローバル化や、社会の複雑化も挙げられるんだろうな。

 法化を、「どんな人でも正当に権利を叶えられるいい兆候だ!」と見るか、「息苦しい社会になってしまった……」と見るかは、人によって随分と違うようだが。

 

 結局何を言いたいかというと、星新一ってやっぱりすげぇ!

 

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f:id:school_of_dog:20150803102459p:plain「それ実は法律違反ですよ! 知らなかったでしょう!」「えー!」みたいなテレビ番組が好きではない。法律を知っているからえらいということはない。法律はあくまで目的ではなく手段だ。法律を使って、誰かの幸せが実現されたり、社会的な関係が調整されたりするといいのだけど……。社会が複雑になると、そうも行かんわなって。このまま行けば、星新一の予言した未来も、もしかしなくても到来する日が来るだろう。

 

(参考資料)

・木山泰嗣『弁護士が教える分かりやすい「民法」の授業』(光文社、2012)

・星野英一『隣人訴訟と法の役割』(有斐閣、1984)

・吉田勇『法化社会と紛争解決』(成文堂、2006)