School of Dog?

ブログというより、昔のホームページみたいな……。

武蔵野散歩と、お散歩小説の傑作・国木田独歩『武蔵野』(国語科>小説)

武蔵境駅から桜橋へと歩く

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain今日は、中央線武蔵境駅にやってきたぞ!

 新宿から25分くらいかかったな。

 せっかくだし、ちょっと散歩するぞ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain駅から北へ1kmくらい歩いたところにある、桜橋というところまで行ってみましょうか。

 夏の玉川上水は、きっときれいですよ。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainあら、せっかくならお昼ご飯を買っていきましょうよ!

 今日はパンよ、パンの気分なのよ!

 武蔵境駅の南口を出て、歩いて3分。

 「パサージュ ア ニヴォ」というパン屋さんを発見よ。

 常連さんもいっぱいいるみたいだし、ここにしましょう。これは期待できそうね!

 すみませーん!パン4つ下さーい!!

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainえ、ボクたち3匹で来ているんですけど……。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainあらやだ、私が2つ食べるに決まっているじゃない。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainそ、そうですよね。

 愚問でした。

 失礼しました。

 

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▲オシャレなパン屋さん、パサージュ ア ニヴォ

 

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainさて、気を取り直して、桜橋へと向かいましょう。

 それにしても、今日は暑いですね。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainこれでも、まだ7月なんだぜ。

 ちょっと信じられないな。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plain暑いといえば、夏は実はダイエットに不向きって、今朝テレビで言っていたわ。

 ダイエットダイエットって、そんなに痩せたいのかしら。

 大体、今の水着はハレンチすぎるのよ。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain(いつも裸エプロンの人が言えた義理じゃあないでしょう……。)

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain(そういうあなたも、裸ふんどしじゃないですか。)

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain(ヨークシャ先生にいたっては、全裸じゃないですか……。

 ボクたちどんな変態集団なんですか……)

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▲暑い中、桜橋を目指す

 

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainようやく、桜橋に着いたわね。

 さて、早速お昼にするわよ!

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain早い!

 コメント入れる暇もないぞ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainさっき買ったパンですね。

 夏の空の下、玉川上水を見ながら食べるパンは格別でしょう。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainf:id:school_of_dog:20150705233230j:plainf:id:school_of_dog:20150705233229j:plainいただきます!!

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plain……あら、美味しいわ。

 結構固いパンなのね。

 噛みごたえがあるから、お腹がいっぱいになるわ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainチーズのパンも、オリーブのパンもいい感じですね。

 

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▲桜橋に到着

 

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▲桜橋の側、玉川上水脇でパンを食す

 

桜橋で、国木田独歩『武蔵野』に出会う

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainさて、ご飯も食べたことですし、もう少し辺りを散歩してみましょうか。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainあら、石碑があるわ。何かしら。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainおっ、これは、国木田独歩の『武蔵野』だな。

 この石碑には、

 

今より三年前の夏のことであった。自分はある友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、
武蔵野 第六章 冒頭の一節

 

 と書かれているぞ。

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▲国木田独歩文学碑

 

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain夏の武蔵野と桜橋、まさしく今の状況とマッチしてますね。

  『武蔵野』第6章って、どんな内容なんですか?

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainヨッシャ!

 説明するぞ。

 『武蔵野』はその名の通り、国木田独歩が武蔵野について著した、1898年発表の名作だ。

 その中でも第6章は、夏の武蔵野に「友」と遊びに行ったことが書かれているんだ。

 いや、はっきり言っちゃえば、これはお散歩デート。

 「友」というのは、独歩の後の妻、佐々城信子嬢のことなんだ。

 迷ったけど、第6章だけならそこまで長くないし、文章も美しいので、ここに載せてみる。

 雰囲気だけでも何となくつかんでほしいぞ。

 

 今より三年前の夏のことであった。自分はある友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋がある、この茶屋の婆さんが自分に向かって、「今時分、何にしに来ただア」と問うたことがあった。

 自分は友と顔見あわせて笑って、「散歩に来たのよ、ただ遊びに来たのだ」と答えると、婆さんも笑って、それもばかにしたような笑いかたで、「桜は春咲くこと知らねえだね」といった。そこで自分は夏の郊外の散歩のどんなにおもしろいかを婆さんの耳にも解るように話してみたがむだであった。東京の人はのんきだという一語で消されてしまった。自分らは汗をふきふき、婆さんが剥いてくれる甜瓜を喰い、茶屋の横を流れる幅一尺ばかりの小さな溝で顔を洗いなどして、そこを立ち出でた。この溝の水はたぶん、小金井の水道から引いたものらしく、よく澄んでいて、青草の間を、さも心地よさそうに流れて、おりおりこぼこぼと鳴っては小鳥が来て翼をひたし、喉を湿すのを待っているらしい。しかし婆さんは何とも思わないでこの水で朝夕、鍋釜を洗うようであった。

 茶屋を出て、自分らは、そろそろ小金井の堤を、水上のほうへとのぼり初めた。ああその日の散歩がどんなに楽しかったろう。なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目には愚(おろ)かにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵野の夏の日の光を知らぬ人の話である。

 空は蒸暑い雲が湧きいでて、雲の奥に雲が隠れ、雲と雲との間の底に蒼空が現われ、雲の蒼空に接する処は白銀の色とも雪の色とも譬えがたき純白な透明な、それで何となく穏やかな淡々しい色を帯びている、そこで蒼空が一段と奥深く青々と見える。ただこれぎりなら夏らしくもないが、さて一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈(く光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して、不羈奔逸の気がいずこともなく空中に微動している。林という林、梢という梢、草葉の末に至るまでが、光と熱とに溶けて、まどろんで、怠けて、うつらうつらとして酔っている。林の一角、直線に断たれてその間から広い野が見える、野良一面、糸遊上騰して永くは見つめていられない。

 自分らは汗をふきながら、大空を仰いだり、林の奥をのぞいたり、天ぎわの空、林に接するあたりを眺めたりして堤の上を喘ぎ喘ぎ辿たどってゆく。苦しいか? どうして! 身うちには健康がみちあふれている。

 長堤三里の間、ほとんど人影を見ない。農家の庭先、あるいは藪の間から突然、犬が現われて、自分らを怪しそうに見て、そしてあくびをして隠れてしまう。林のかなたでは高く羽ばたきをして雄鶏が時をつくる、それが米倉の壁や杉の森や林や藪に籠こもって、ほがらかに聞こえる。堤の上にも家鶏の群が幾組となく桜の陰などに遊んでいる。水上を遠く眺めると、一直線に流れてくる水道の末は銀粉を撒いたような一種の陰影のうちに消え、間近くなるにつれてぎらぎら輝いて矢のごとく走ってくる。自分たちはある橋の上に立って、流れの上と流れのすそと見比べていた。光線の具合で流れの趣が絶えず変化している。水上が突然薄暗くなるかとみると、雲の影が流れとともに、瞬く間に走ってきて自分たちの上まで来て、ふと止まって、きゅうに横にそれてしまうことがある。しばらくすると水上がまばゆく煌いてきて、両側の林、堤上の桜、あたかも雨後の春草のように鮮かに緑の光を放ってくる。橋の下では何ともいいようのない優しい水音がする。これは水が両岸に激して発するのでもなく、また浅瀬のような音でもない。たっぷりと水量があって、それで粘土質のほとんど壁を塗ったような深い溝を流れるので、水と水とがもつれてからまって、揉みあって、みずから音を発するのである。何たる人なつかしい音だろう!

“――Let us match
This water's pleasant tune
With some old Border song, or catch,
That suits a summer's noon.”

の句も思いだされて、七十二歳の翁と少年とが、そこら桜の木蔭にでも坐っていないだろうかと見廻わしたくなる。自分はこの流れの両側に散点する農家の者を幸福の人々と思った。むろん、この堤の上を麦藁帽子とステッキ一本で散歩する自分たちをも。

(青空文庫より)

 

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainお散歩文学の傑作!

 いつもの私たちのお散歩も、こんな文章で表現したら、ちょっとは素敵になるのかしら。

 私は、桜橋の茶屋のお婆ちゃんに対する「散歩に来たのよ、ただ遊びに来たのだ」という言葉、すごく好きだわ。

 「桜は春に咲くことを知らないのか」って言葉からは、花見以外ではこの辺に人があんまり来ないことを表しているわね。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain茶屋で冷えたメロンを食べながら、清流で顔を洗う。

 見渡せば田園風景が広がっている……。

 今の都会の人は、こんな「田舎」の光景を求めて遠くに旅に行きますが、独歩の頃はよもや東京にあったとは。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain何だか、何となくうらやましいよな。

  では、なぜ独歩がこんなに武蔵野に惹かれたのかを、もう少し見ていくぞ。

 

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▲現在の桜橋脇の風景。かつての茶屋はいずこ?

 

国木田独歩って、どんな人?

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain武蔵境駅に帰りながら、独歩の人となりを話していくぞ。

 独歩は、1871年に千葉県の銚子で生まれたんだ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain1871年というと、大政奉還、王政復古の大号令から4年が経ち、廃藩置県とか岩倉使節団とかがあった頃ですね。

 あの頃の日本は、大きな変革を迎えていました。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plain(ヨークシャ先生、何で自分が見てきたように言うのかしら……。何歳なの……)

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain(触れないでおきましょう。)

 千葉県で生まれた独歩だけど、裁判所で働いていたお父さんの都合で山口県へ引っ越し、山口県の小中学校へと通う。

 17歳になって、東京専門学校(今の早稲田大学)に入学するために上京した。

 けど、3年で退学してしまうんだ。

 その後、教員を経て、新聞記者になるんだな。

 従軍記者、つまり軍に付いて行って、戦争を調べていたんだ。

 日清戦争の取材もしたらしいぞ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain戦況というのは、当時では国民がもっとも知りたいニュースの一つだったのでしょう。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainそんな中、独歩に恋人ができる。

 その恋人こそ、佐々城信子嬢なんだ。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainあら、さっき『武蔵野』に出てきた人ね。

 自分のデートを文学にしちゃうなんて!

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainそう、『武蔵野』第6章は、信子嬢との輝かしい思い出なんだ。

 でも、独歩と信子嬢は長くは続かない。

 何と、結婚して5か月で、すぐに離婚してしまうぞ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainたった5か月!

 短いですね。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain原因は、信子嬢が独歩との貧乏な生活に耐えきれなくなったから。

 信子嬢は裕福な家庭のお嬢様。

 元々無理な結婚だったんだ。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainそ、それを聞くと、『武蔵野』第6章の見え方が変わってきちゃうわね。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainショックを受けた独歩は、自然の中で魂の解放を目指す。

 何となく分かるぞ、その気持ち。

 ボクもかつて失恋した時は、川に走りに行っていたもんなぁ。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainおや、そうするとマロ先生は、毎週のように川に走りに行くことになりますねぇ。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainそうそう、いいトレーニングになって……って、毎週失恋してないわ。

 海軍のカレーライスか。

 マロ先生が川を走っているから、今日は金曜日! って、やかましいわ!

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain目が泳いでますよ。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain……とにかく、『武蔵野』は、自然を求める独歩が愛した場所、武蔵野について、魂から著した作品なんだよ。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plainなるほど、大体わかったわ。

 武蔵野って今はベッドタウン、人がたくさん住んでいる場所ってイメージだけど、100年前は本当に様子が違ったのね。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainじゃあ、最後に武蔵野についてお話ししましょうか。

 

武蔵野について

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain武蔵野って、そもそも何でしょうか。

 辞書を引くと、「東京都と埼玉県にまたがる洪積台地。南は多摩川から、北は川越市あたりまで広がる。古くは牧野、江戸時代から農業地に開発され、雑木林のある独特の風景で知られた。武蔵野台地」って書いてあります。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plainほうほう。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plain先ほどゴールデン先生が、独歩の頃の武蔵野は今とずいぶんイメージが違う、と驚かれていました。

 しかし、実は独歩が描いた雑木林と田園風景、という光景はずっとあったものではなく、江戸時代以降にできたものなんです。

 それよりさらに前、古代から中世にかけての武蔵野のイメージは、「ただただずっと広がっている原野、馬や人よりも高い草、ススキ、月」みたいなものでした。

  今は東京が日本の中心ですので、武蔵野の辺りにも人がたくさん住んでいます。

 ですが、東京が日本の中心ではなかった時代は、どうでしょうか。

 ちょっとフラットに考えてみて下さい。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plain確かに、武蔵野には人があまり住んでいなかったでしょうね。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain武蔵野は、古代から中世にかけて、たくさんの歌に詠まれているぞ。

 

むさしのは月の入るべき峰もなし尾花が末にかかる白雲(藤原通方、続古今和歌集)

 

f:id:school_of_dog:20151105224439j:plainこの歌からは、さっきヨークシャ先生が言っていたようなイメージが垣間見えるな。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainそんなイメージから一変、江戸時代に入ると、武蔵野は開発され始めます。

 江戸に幕府が置かれ、人口が急増したからでしょう。

 さっきの辞書の引用をよく見ると、「洪積台地」って書いてありますよね。

 洪積台地とは、簡単に言えば隆起によってできあがった地形。

 つまり、水が得づらいんです。

 ですが、江戸時代に入ってから技術が進歩し、武蔵野の辺りにも玉川上水などで水を引くことができるようになった。

 開墾され、人が住むようになって、防風林などの雑木林もできた。

 こうして、「原野」としての武蔵野から、「田園風景と雑木林」としての武蔵野へと変身していったわけです。

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain独歩の『武蔵野』の功績は、大きく2つあると言われているぞ。

 一つは、古代から中世にかけて歌に詠まれたような伝統的な武蔵野のイメージから解放されて、江戸時代以降の武蔵野のイメージの美しさを表現したこと。

 もう一つは、単なる武蔵野の自然の美しさだけではなく、生活の場としての武蔵野の美しさにも着目したこと。

 今となっては独歩の描いた武蔵野とは変わってきてはいるけれど、独歩の作品の美しさは変わらないな。

f:id:school_of_dog:20150705233230j:plainそれに、ところどころではありますが、武蔵野には雑木林も残っているみたいですね。

f:id:school_of_dog:20150705233222j:plain暑かったけど、石碑一つからここまで盛り上がれてよかったわ。

 今度また、武蔵境にご飯食べに来ましょう!

f:id:school_of_dog:20150705233229j:plain結局はご飯なんですね。

 そこは、お散歩しに来ましょう!と言ってもらいたかったぞ……。

 

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▲玉川上水沿いは鬱蒼としている

 

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▲School of Dog!は、常識人マロ先生によってギリギリ成り立っています。

 

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▲ゴールデン先生は、食べるのが大好き!

 

参考にしたもの

・青木登(1999)『名作と歩く 多摩・武蔵野』のんぶる舎

・『朝日新聞』2014年1月17日、夕刊be、「(街 プレーバック)国木田独歩『武蔵野』@玉川上水 別離の傷心を秘めた雑木林 」

・青空文庫「国木田独歩 武蔵野」<http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/329_15886.html>、2015年7月最終確認

 ・Wikipedia「武蔵野」<https://ja.wikipedia.org/wiki/武蔵野#.E6.B1.9F.E6.88.B8.E6.99.82.E4.BB.A3>、2015年7月最終確認