ため息を幸福に/プロフェッショナル 仕事の流儀 「革新への情熱、未(いま)だ衰えず~起業家・坂本孝」

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評価:3

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f:id:school_of_dog:20151105224445j:plain「俺の」系列のお店って、話題になっていたものの実は行ったことがなく……。

 番組を見て気になったからメニューを調べてみたら、「価格破壊」どころの騒ぎじゃない! え、こんなに安いの!? 「牛・フォアグラ・トリュフのミルフィーユ 1,380円也」って、ゼロいっこどこかに置き忘れてきちゃったんじゃないの!?

 番組内で、オマールエビの料理は1,480円のうち1,280円が原価だって説明されていて驚いたのですが、「いやいやこの料理が特別なんでしょう?」なんて正直思った。そんなことなかった。全部やばかった……。

 どうしてこんな挑戦的なビジネスができるのでしょうか?

 

 坂本哲学の軸となっているのは、「ため息」と「幸福」のようでした。

 坂本社長は、ため息を敏感に感じ取っている。それは、お客さんのため息の場合もあれば、従業員のため息の場合もある。「俺の」でいえば、「フレンチとかイタリアンとか食べてみたいけど高いよなぁ……」というお客さんのため息と、「リーマンショック以来の不景気で店を畳むしかないなぁ……予算の都合で作りたい料理も作れないしなぁ……」というプロ料理人たちのため息。

 これらを巧みに拾い上げれば、そこにはビジネスチャンスがある。

 ため息を幸福に変えることができれば、お客さんは満足し、従業員はそのお店で一生懸命働こうとするのですから。

 

 坂本社長は、挫折の中で手に入れた軸があるからこそ、自信を持って挑戦することができるんですね。事業に対して働きかけるのではなく、人に対して働きかける。社長でなくとも活かせる哲学。

 

 ところで、プロフェッショナルってあんまり見たことがなかったのですが、顔のアップがとても多い番組ですね。

 プロジェクトXはプロジェクトに注目しているのに対し、プロフェッショナルは人に注目しているからなのかしらん。

スピッツ「あわ」の元になった曲

f:id:school_of_dog:20151105224442j:plain『日本で一番スピッツの「あわ」が好きな女』を自称しているシーズーと申します。なぜだかこの曲に惹かれて仕方がない。中毒にかかってはや何年? 十何年? いやもはや何十年の域なの? 90年代には聞いていたから……え?

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f:id:school_of_dog:20151105224442j:plainこれまで、「あわ」をテーマに絵を描いたり、

 

www.school-of-dog-11111111111.com

f:id:school_of_dog:20151105224442j:plain気持ち悪いほどの熱量で「あわ」の魅力を語ったり、

 


あわ/スピッツ アコギインスト カバー

f:id:school_of_dog:20151105224442j:plain3年前にはギターを弾いてしまったりと、その愛はとどまるところを知りません。

 

 さて、どうやって聞いたかはあえて書きませんが、さっきですね、1990年6月25日のスピッツのライブ音源を聞いたんですよ。

 そこでついに! 「あわ」のプロトタイプである「シャボンのうた」を聞くことができてしまったんですよ!  コレすごいことなんですよ!

 

 当初はキーが半音上、テンポも速い。クリーンサウンドを使ったロックなんですね。

 ロビンソンにも劣らない(と私が勝手に思っている)アルペジオはこのころからありましたが、歌詞が一部違ったり(歌詞だけはどっかで読んだことがあった)、最後にソロが入っていたりと相違点もあり。

 

 『名前をつけてやる』に収録されている「あわ」の方が洗練されていますが、初期「シャボンのうた」にも別の魅力がありますね。歌詞はこっちの方が好きかもしれない。

 「ボクもやっとニセモノになれるから遠くが見えるかなー。同じ尻尾を上手に隠してもどこかぎこちないなー」

 なりたくもない大人になって、いつの間にか汚れちまった悲しみを自虐的に自棄になって歌っているような痛々しさがいい。

 

 そんなことより! MCを聞くと「あわ」が参考にした曲がわかったのです。

 そっちに無茶苦茶興奮して、仕事から帰ってきてすぐこの記事を書きなぐった次第。何に興奮したかって、検索かけてもそのことはまだ出てこないからです!

 

 MCを文字起こししてみると、次のような感じになります。

 

f:id:school_of_dog:20150803102459p:plain次はね、あの、久しぶりの新曲なんだけど。
 夏の課題曲という感じで、まだあんまり、うーん、これからこれからって曲なんだけど。
 これからっつっても、もう夏だよなぁ。

 

 テレビ見てたらなぁ、あの、小野リサがね、「ポレールが好き」とかって言って、そういう感じでいいじゃんって思って作ったらぜんぜん違うようになっちゃった(笑)

 じゃあ、あの、「シャボンのうた」という曲。

 

(演奏開始)

 

f:id:school_of_dog:20151105224442j:plain「という曲」で言葉を切って演奏始めちゃうゆるさがいい。

 

 「ポレール」というのは、当時流行ったワインのことみたいですね。

 そして「小野リサ」は言わずもがな、日本が誇るボサ・ノヴァ歌手。

 

 小野リサの「ポレールが好き」ってのは、ライブをやったのと同時期に放送されていたこのCMのことかと。

www.youtube.com

f:id:school_of_dog:20151105224442j:plain流れているのは「星の散歩」という曲。

 なるほど、スピッツの「あわ」は、小野リサの「星の散歩」に着想を得て作ったものなんですね。本人も「ぜんぜん違う」って苦笑しているから、最終的にはまぁぜんぜん違うのでしょうが、「あわ」の土台がボサ・ノヴァであることがはっきりわかりました。

 というか、よく聞いたらキー違うだけで(ポレールではBmはじまり、「あわ」はC#mはじまり)CMで流れている部分と「あわ」サビのコード進行同じじゃないですか!? 「課題曲」って言っているだけあって、この進行で何か曲作れないかと草野さんがトライしたのが「シャボンのうた」だったのかもしれません。

  「あわ」大好きな私、このことが分かって大満足でした。

攻めた映像の中で考える、人間という生物の本性/NHK「100分de名著 大岡昇平“野火”」全4回

概要

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f:id:school_of_dog:20151105224439j:plain2017年放送。24分✕4回。

 大岡昇平の『野火』を100分で紹介。

 最終回には、最近『野火』を映画化した塚本晋也監督がゲストで登場しています。

 

評価:4

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f:id:school_of_dog:20151105224439j:plain攻めたNHK。

 映像が非常にチャレンジングでした。

 

 画面に飛び散る血しぶき。

 うじゃうじゃ這いずり回るアリの群れ。

 唾液で糸を引く、ヒゲだらけの上官の歯。

 思わずボリュームを下げたくなるほどの、女の叫び声。

 花を取られた茎からドクドク流れ出る血。

 

 そして最終回には、塚本晋也監督の映画『野火』が少しだけ流れます。

 この映画はPG12なのですが、NHKの映像表現としては限界ギリギリのグロさがありました。

 

 『野火』の題材のひとつに「人肉食」があったり、映像も結構手加減していなかったりするので、食事中に観るべきではないのかもしれません。

 ですが、主人公田村の視点、それも極限状態の中で相当に狂ったサイケデリックな視点を表現しようとした映像は一見の価値ありです。

 

 さて、内容についてですが、この本ずーっと前に読んだことがあるような気がするのですがほとんど忘れていたので新鮮な気持ちで視聴できました。

 「道徳やモラルみたいな皮膜をひっぺがしたあとに残る人間の本質って、何?」。

 これが、この番組を通して追究しているテーマではないでしょうか。

 

 極限状態の中で自分のほしいものを相手が持っていたとしても、では早速奪い合いとなるのではなく、人は相手と経済的関係を結ぼうとするんですね。

 一方で、空腹の極限に直面した動物はきっと仲間の屍体を躊躇せず食べるでしょうが、果たして人間は?

 自分が同様のシチュエーションに置かれたらどうするだろうか?

 ちょっと考えさせられました。

「技術は、兵器にも医学にも使える。使うのは人間ですから」/NHKスペシャル 戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて 「第1回 “高度成長” 何が奇跡だったのか」

概要(引用)

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f:id:school_of_dog:20150803102459p:plain2015年放送。49分。

 第二次世界大戦の敗戦からわずか20年余りで世界2位の経済大国に上り詰めた日本。

 世界史上、類を見ないスピードで復興し高度成長を成し遂げたその復活劇は日本の奇跡と称賛された。

 あの奇跡はなぜ起きたのか。

 日本人の実力だったのか、それとも時代の産物という幸運に過ぎなかったのか。

 高度成長論を打ち立てた大蔵官僚の下村治を始め、膨大な記録や資料をひもとくことで高度成長の真の姿を明らかにし今に生かせる教訓を探る。

 

評価:3

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f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain太平洋戦争で徹底的に負け、焼け野原となった日本がたった20年そこらで「GNP世界第2位」になった。

 あの奇跡はなぜ起きたのか?

 実力だったのか?

 幸運だったのか?

 この問いに対する番組の答えは、「実力もあった。幸運もあった」でした。

 

 メインの問いが「なぜ?」であるのがいい。

 サザエさんを読み返したり、「ALWAYS 三丁目の夕日」を観たりすることで、高度経済成長で「何があったか?」を楽しく知ることはできます。

 ですが、「なぜ?」となると途端に小難しくなりがちで、さーっと飛ばしてしまい、よくわかっていない人も多いのではないでしょうか。

 私は社会科の教員であるくせに、「何があったか?」は大好きな一方、「なぜ?」はよくわかっていない人、いや、よくわかっていない犬でございました。

 

 では、幸運の方はさておき、日本にはどんな実力があったのでしょうか?

 第一に、日本には戦争中に兵器製造のために鍛え上げられた技術者がいました。

 これについては、ちょっと目からウロコ。

 そうか、言われてみりゃそうだな! と。

 敗戦によって日本はリセットされたのかと思っていましたが、それは表面的な政治の話であり、経済や技術はそうとは限らないのですね。

 むしろ、戦争中に植えた技術の種がのちに花開いたから、高度成長は成し遂げられたのだそうです。

 

 番組全体を通して、黒田精工の最高顧問・黒田彰一氏(放送時91歳。この方は戦時中に兵器製造を勉強していました)のコメントがもっとも印象的。

 一語一句同じではありませんが、高度成長の世界がちょっとよく見えるようになった気がします。

 

 「兵器は、一番精密なんですよ。だから面白い」

 「技術・工学は、両方に使える。兵器にも。医学にも。使うのは人間ですから」

 

 実力の第二に挙げられる、経済学者・下村治の理論についても少し理解が深められたかな。

 池田勇人元首相と同じで、私も数学的な理解には至っておりませんが。

 

 それから、スタジオにゲストでいらっしゃっていた五木寛之さんもよかった。

 アナウンサーが話し始めようとするのを狙ったかのようなかぶせの連続にはクスっとしましたが、高度成長の時代に生命を燃やして懸命に生きていたからこそのコメントはさすが。

 なぜ車がこれほどまで伸びたのか、という問いに対し、高度成長とはいえなかなか買い換えられなかった不便な家に対して、エアコンが効き音楽を流せる快適な車は、移動手段としてばかりではなく第二の家でもあったからみんな欲しがったのだという解説は、当時を生きていなければ出てこない。

 

 硬派な作りになっており、かつ「なぜ?」の説明に徹しているので、「何があったか?」ということや時代背景、最低限度の経済に関する知識がないと観るのはしんどい番組かもしれません。

 ただ、高度経済成長モノを観る上での下敷きとして、手に入れておいた方がよさそうな知識を得られますよ。

「内ではなく、外へ向かえ!」に共感/NHK「100分de名著 ラッセル“幸福論”」全4回

概要

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f:id:school_of_dog:20151105224439j:plain2017年放送。24分✕4回。

 哲学者バートランド・ラッセルの名著『幸福論』を100分で紹介。

 解説は山口大学准教授の小川仁志先生、朗読は荒川良々さん。

 小川先生は商社マンになったもののうまくいかず、引きこもり生活をした後に哲学にのめり込んでいったとか。

 その際小川さんを引っ張り上げた哲学書のひとつにこの『幸福論』があるということで、説得力はマシマシです。

 

評価:3

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f:id:school_of_dog:20151105224439j:plain大学生のときに読んだことがあるけど、内容を完全に忘れてしまった本『幸福論』。

 

 番組でも繰り返し述べられていますが、この本は「実践的」なのだそう。

 となると、巷にあふれる「あなたはこうすれば幸福になれますよ」というハウツー本とこの哲学書との境界がどこにあるのかがポイントになってきます。

 自分の内側に目を向けず、外側に目を向けなさい。

 これがラッセル『幸福論』の中心となっているわけですが、これと同じ文章はハウツー本にだって書かれているだろうし。

 

 哲学って、ボクの拙い見方では、本質を捉えるってことなのかなと。

 となれば、『幸福論』が哲学書として成り立つためには、その内容が幸福の本質を捉えていて、公式として万人に当てはまる必要がありましょう。

 もしこの本が「普遍的な幸福の公式」を提示しているのなら、凡百のハウツー本なんてお話にならないくらいすごい本なのでしょうな。

 実際そうだから、ここまで読み継がれているのでしょうし。

 

 小川先生は「ラッセルは幅を持たせて書いており、単なるハウツー本とは違う」とおっしゃっていましたが、さていかに。

 さしあたってはボクの人生に当てはまるのか、これから実験していきたい。

 この本の内容が普遍的なのかどうかを判断するためには、ボクはまだ人生経験が浅すぎるな。

 

 不幸になる要素、そこから脱する方法、さらには不幸から脱するだけではなく積極的に幸福になる方法と必要な要素。

 いずれも「確かに!」と感じるものばかりです。

 伊集院さんがおっしゃっていた「チューニングのツマミ」「チェックシート」という言葉がぴったり合います。

 

 特に「外界に目を向けよ」については「まさに!」。

 相田みつをの「アノネ、がんばらなくてもいいからさ、具体的に動くことだね」という言葉が大好きなのですが、内面でどれだけ理論をこねくり回しても、外界に向けて具体的行動を起こさない以上は最終的に何も変わらんと思うんです。

 「さんざん悩んでみてもホント何にもなりゃしないよー♪」という、昔のヒット曲も思い出されたりして。

 行動する哲学者ラッセル、ここにあり。 

 

 一方で、なんていうのでしょうか、荒川良々さんを起用した演出や「役に立つ」を連呼しすぎているためでしょうか。

 この番組を介して確かに『幸福論』を理解しやすくはなっているのですが、「浅く」なってしまっているのかなぁとも。

 100分で、幅広い視聴者層に理解してもらうためには仕方ないのかもしれませんが。

 

 番組の中で伊集院さんが「常に何か批判しようというギアに入ってしまっている人がいて、その人は不幸だろう」とおっしゃっていたこと、そのとおりだと思います。

 その上でこんなことを書くなんて、ボクは当分幸福にはなれないのだろうな。

10分くらいで読める! 公民・現代社会・政治経済で学習する「政治分野」の「流れ」を整理

「政治分野」の「流れ」を10分で

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plainこんにちは。教頭のコーギーです。

 ここは、中学・高校で学習する「政治」の全体像を10分で読めるようまとめることを目的としたページです(読む速度を600字/分として、本文を6,000字くらいに)。軽くお酒を飲みながら、ざっくばらんに書きました。シラフでは、細かく書きすぎてしまうから。

 全体像をまずは把握することってすごく大切だと思うんですよ。これからどんなコースを走るのかが分からないでマラソンを始めるのは危ないですからね。

 ですが、特に公民分野については各単元について詳しく書かれているサイトはあるものの、全体を見通せるところって少ないような。そこで、僭越ながら中学生・高校生が勉強する公民分野「政治」の全体像をまとめてみようかなーと思った次第なのであります。

 

 政治分野では、

・民主主義

・日本国憲法

・基本的人権

・統治機構(国会・内閣・裁判所)

・地方自治

・国際政治

 といった内容を学習しますが、これらを点としてではなく、線としてつなげることはできないか。トライしてみたのがこのページになります。これ以上細かい内容については、とても優れた参考書を1,000円ちょっとで買えるので、私が書く意味はまったくないかなと。そもそも書けない。

 定期試験や受験で政治を勉強しないといけないけど、意味不明すぎワロタwwwって生徒に読んでもらえると、あぁ、そういう科目なのねと多少はわかるようになるかなぁ……?

 

政治とは、社会としての1コの意見を決めること

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plainそもそも社会科公民分野とは、私なりに超意訳すれば「社会に一緒に生き、否が応でもつながりあうすべての人間の幸福合計値を最大にするためにはどうすればいい?」という問いを考える科目です。そして、この問いに答えるためのアプローチとして、政治と経済があるわけです。

 では、政治とは一体何なのでしょうか。

 

 「みんな違ってみんないい」という言葉がありますが、社会には「みんな違うけど1コに決めなきゃダメ」ということが無数にあります。

 例えば5人家族で夕飯を食べる時、5人バラバラのものを作るのは大変。そこで、何を食べるかに関する5コの意見から、家族という社会としての1コの意見を決めなければなりません。お金やお母さんの労働力、時間などの限られた資源を共有して一緒に暮らしている以上は、全部の願いを叶えることができないからです。

 もっと大きな規模の社会について見ると、人口1万人のX町で、ゴミ捨て場をどこに作るか、1万の意見の中から町という社会しての1コの意見を決める必要があります。なぜなら、ゴミ捨て場を作るお金や土地が限られているからです。

 さらに規模を大きくすれば、人口1億人の日本は、原子力発電所を使っていくかという問題について決める必要があります。

 

 政治というのは、たくさんの意見の中から、社会としての1コの意見を決め、実行することです。じゃあ、どうやって決めるの? 誰が決めるの? 決まったことを守らなくてもいいの? こうしたことを考えていくのが中学・高校の政治分野。

 家族でも、クラスでも、職場でも、社会あるところに必ず政治はある。しかし、中学・高校の政治分野ではほとんど「国」という社会の政治について学習していくことになります。

 

誰が決めるのか?

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain政治分野の学習は、「民主主義」という単元から始まります。

 

 社会にはさまざまな人が共に暮らし、関わり合って生きている。その中から、社会としての1コの意見を決め、実行する。これが政治でした。税金はどうするの? X国と仲良くするの、戦争をするの? 何をしたら犯罪になるの? 国には決めなければならないことがたくさんあります。では、これらのことを誰が決めるのでしょうか?

 かつて、国のことを王様がすべて決めていた時代がありました。王様は神様から、国のことを決めていい権利を与えられたんだよー。だから王様が政治をすべてやっていいんだよー。このような考え方の下で、多くの民衆は無茶苦茶な制度を作られ苦しんできたのです。

 これをひっくり返したのが社会契約説。神が国を作ったのではなく、民衆が国を作ったんだという考え方です。

 この考え方に則って、「戦争とか、税とか、そういった俺たち国民のことについては、王様が決めるんじゃなくて、俺たち自身で決めるべきだ!」と革命を起こす人々も出てきます。

 

 革命によって、「王様・君主が決める主役となる」君主主義から、「国民が決める主役となる」民主主義へと変わる国が出てきました。民主主義って難しい言葉に聞こえますが、なんのことはない、「自分たちのことは自分たちで決めようという考え方」というだけのことです。

 

本当に国民が国の方針を全部決められるのか? 実行できるのか?

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain革命によって、王様ではなく国民が自分たちのことを決められるようになりました。ですが、本当に国民だけで政治をできるのでしょうか? 例えば、税の設定や外交、どこに道路を造るか、どうやってエネルギーを確保するか、こうしたことを決めるには相当の知識が必要になります。それから、話し合いには時間がかかりますが、仕事はどうするのでしょうか? 何より、日本なら1億人で集まって話し合い、結論が出るのでしょうか? どうやら、国民だけで政治をやるのはかなり難しいぞということになってくるわけです。

 そこで、人々は「自分たちの代わりに話し合いをし、最終決定をする少数の代表者を選ぼう」と考えます。

 

 国民 → 代表者(決める人) → 決定事項 → 国民

 

 代表者を間にかませることで、先ほどの問題は解決しそう。こうした、「国民が国のあり方を決めるのだけど、実際に話し合いをするのは代表者だよ」という仕組みを間接民主制といいます。一方で、国民が実際に話し合いをして決めるしくみは直接民主制。

 

 さらに、例えば「みんなでお金を出し合って、ここに橋を造ろう」という決定がなされたとしましょう。当たり前ですが、決定されただけでは橋はできず、誰かが実行しなければなりません。では、その橋を作るのは誰ですか? お金を回収するのは誰ですか? これもかなりの時間と知識が必要なので、国民が直接やるのはムリだということになります。そこで、決定事項を実行する人も専門に置いたほうがいいなということに。

 

 国民 → 代表者(決める人) → 決定事項 → 実行者 → 国民

 

 学校でも生徒会や実行委員会を置いて、実際の話し合い・実行は彼らに任せるなど、同じようなしくみを作っているはずです。政治って難しいものではなく、順を追って考えれば小学生でも思いつくしくみになっているのです。ただ、言葉が専門的なだけ。「なぜ?」という部分を置き去りにして、結論だけを、しかも難しい言葉で暗記しようとすると挫折します。

 

国民は決まった内容を守るのか?

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain代表者が話し合い、「みんなでお金を出し合って橋を造ろう」という決定がなされたとします。ですが、「俺はお金出さないもんね」と決定に従わない人がいるかもしれません。

 そもそも、政治をしたところで全員の幸福を満足させることはできっこないのです。税の使い方、国の方針が納得のいかないよう決まってしまうこともしばしば。ですが、自分が望んでいたのと違うからといって、「それには従わない!」ということが許されてしまえば、世の中えらいことになってしまいます。

 そこで、決定事項には強制力が働きます。この強制力を権力といいます。権力ってなんだか怖い言葉ですが、権力がなければ欲望を働かせ放題の大変な国になります。あいつが憎いから殺人を犯す。気に入らないから税金を払わない。こんなことでは、その社会の人間が全滅してしまうことでしょう。そもそもに公民分野は、あらゆるところで人間を悪であると捉えています。人間はどうにかして自分の利益を大きくしたい。そんな欲望を、道徳だけでどうにかできるとは思っていないのです。

 また、決定事項を具現化し、「こんな権力を働かせてもいいよ」と約束したものを法律といいます。

 

 国民 → 代表者(決める人) → 決定事項(法律) → 実行者(権力を行使できる) → 国民

 

権力の暴走を防ぐために、憲法が作られた

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plainいくら社会の維持に権力が必要だからといっても、国民が選んだ代表者・実行者が無制限に権力を使えるようでは危ない。大きすぎる権力は、歴史の中で必ずといっていいほど暴走してきました。

 そこで、権力を使える人間に対し「こういう権力の使い方をしちゃダメだよ!!!!」と縛るルールが必要になります。このルールを憲法といいます。

 教員でもよく勘違いしている人がいるのですが、国民は基本的に憲法を守る(書かれている内容に従う)必要がありません。日本国憲法第99条を見てみましょう。これは、誰が憲法を守らなければならないのかを定めた条文なのですが、

 

「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

 

 と書かれているんです。この中に「国民」とは書かれていない。登場するのは権力を行使できる側の人たちばかりです。憲法とは何かをしっかり押さえれば、政治分野の50%くらいは分かったも同然なのです。

 

 国民 → 憲法 → 代表者(決める人) → 決定事項(法律) → 実行者(権力を行使できる) → 国民

 

憲法には何が書かれているのか?

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain権力の使い方として憲法はどのような制限をかけているのでしょうか?

 日本国憲法の目次を見てみましょう。

 

前 文

第1章 天 皇(第1条-第8条)

第2章 戦争の放棄(第9条)

第3章 国民の権利及び義務(第10条-第40条)

第4章 国 会(第41条-第64条)

第5章 内 閣(第65条-第75条)

第6章 司 法(第76条-第82条)

第7章 財 政(第83条-第91条)

第8章 地方自治(第92条-第95条)

第9章 改 正(第96条)

第10章 最高法規(第97条-第99条)

第11章 補 則(第100条-第103条)

 

 日本国憲法の内容は、権力の制限という観点で次の2つに分けることができます。

 ① 法律を作り、権力を使う際に守らなくてはならない最低限のルール(基本的人権)

 ② 法律の作り方・使い方(立法・行政・司法)

 

① 法律を作り、権力を使う際に守らなくてはならない最低限のルール(基本的人権)

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain憲法に書かれている国民の権利(基本的人権)を侵害するような法律を作ることはできません。仮にそういう法律を作ってしまった場合は、最高裁判所という機関によって消されたり直させられたりすることになります。

 また、基本的人権が守られていなければ、それを守るための法律を作らなければなりません。

 たとえるなら、権力を伴う法律はすべて基本的人権というテーブルの上に乗っていなければいけないのです。政治も経済も、できるだけ多くの人間を幸福にすることを目的としていますが、誰かの犠牲によって幸福が最大化されるのはダメなのです。

 

 基本的人権には、大きく分けて次のようなものがあります。実際はそれぞれの人権の中にも細分化されたさまざまな人権があるのですが、ここでは省きます。

 ・権力によって自由を妨害されない権利=国に何かをされない権利(自由権)

 ・困ったときには権力によって助けてもらえる権利=国に何かをされる権利(社会権)

 ・差別されず、平等に扱われる権利(平等権)

 ・国の決定(政治)に携われる権利(参政権)

 ・国がもし権力によって国民を傷つけたら、その償いを求められる権利(請求権)

 

 ただし、無制限に基本的人権が認められると、今度は他の人の基本的人権が傷つくかもしれません。誰かの人権を認めれば他の誰かの人権が傷つく場合、人権は制限されます。

 

国民 → 憲法 → 代表者(決める人) → 決定事項(法律・ただし基本的人権を守っていないといけない) → 実行者(権力を行使できる) → 国民

 

② 法律の作り方・使い方(立法・行政・司法)

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain法律を作ることを立法、作られた法律を実行することを行政、その法律がうまく機能しているかを監視し調整することを司法といいます。そして、立法機関を国会、行政機関を内閣、司法機関を裁判所といいます。

 

 基本的人権が守られれば権力は暴走しない? それだけでは甘い。

 例えば、「1人の賛成があれば法律を作ることができる」という立法のルールがあったら、どんな法律でも作り放題。法律に沿って権力を働かせられるので、これでは権力は暴走してしまいます。

 「代表者を選べる国民は、年収1億円以上の者だけとする」「法律を実行する際にいうことを聞かない国民は、処刑してもよいものとする」「法律を守らない国民の言い分は、秩序を守るためにも無視してよいものとする」などなど、立法・行政・司法のやり方を間違えれば権力はいくらでも暴走してしまうのです。

 そこで、代表者はこうやって選ぶんだよ、その代表者の会議はこういう風にするんだよ、決定内容を実行する時はこうするんだよ、法律を守らない国民がいたらそれが悪いことかどうかをこういう手順で判断するんだよ、というきまりごとも必要なんです。

 

国民 → 憲法 → 代表者(決める人・ただし決め方は憲法に従わなければならない) → 決定事項(法律・ただし基本的人権を守っていないといけない) → 実行者(権力を行使できる・ただし権力の行使は憲法に従わなければならない) → 国民

 

国より小さな社会、大きな社会ではどうやって政治をするのか?

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain政治とは、たくさんの意見の中から社会としての1コの意見を決めて実行することだ。そのためには、なるべく多くの人が納得する決め方を決めないといけない。色々と考え詰めていったら、こんなしくみができあがりました。先ほどまでこういったことをお話してきました。

 ですが、「さっきから、社会とは言っても国の話しかしてないじゃないか。 もっと小さい社会や大きい社会では、どうやって政治すればいいんだよ!」というツッコミを入れたくなりませんか?

 

 政治分野では基本的に「国」という規模の社会について勉強する割合が75%くらいですが、別の規模の社会での政治のやり方についても少しだけ取り扱っています。

 

 まずは国より小さな規模の社会ということで「地方」。地方というと普通は田舎を想像しますが、公民で地方といえば都道府県と市区町村を指します。だから、東京都も地方。地方にも、決めなければならないことはたくさんありますよね。

 国の政治と地方の政治は、少し勝手が違います。そもそも国の政治で国民が話し合いをせず、わざわざ代表者を置くのは、①国民の人数が多すぎて決まらないから、②国民に政治をするための知識がないから、という理由によるものでした。しかし、地方についていえば、①人数は国と比べてそこまで多くない、②地方のことはそこに住んでいる人が一番良く知っている。というわけで、代表者を置かなければならない理由が弱まるんです。

 もちろん地方にも代表者は必要ですが、国と比べて民が政治に参加できる、あるいは参加すべき割合が大きいのが地方の政治の特徴です。そのために、政治の仕組みは国とやや異なります。

 東京都の都市とどこかの山村では、求めていることが異なるのは当たり前。だから、国民みんな同じでいい部分(外交とか、自衛隊とか)は国が決めるとしても、地方ごとに異なるべきものは地域で決めたほうがいいですよね。国に任せず、地方が自分たちで政治をすることを地方自治といいます。

 

 それから国より大きな社会ということで「国際社会」。人と人との間で食い違う意見から、国としての1コの意見を決めるのが国の政治だとすれば、国と国との間で食い違う意見から、国際社会としての1コの意見を決めるのが国際政治です。どうすれば戦争を防止できるのかがカギとなってきます。

 国の政治で決まったことを守らない国民は、国が権力を働かせることによって強制的に守らさせられました。では、国際社会の政治で決まったことを守らない国に対しては、誰が権力を働かせるのでしょうか。ここが難しいところなんですよ。

 適切な権力が働かなかったことで、国際社会は歴史の中で第一次世界大戦や第二次世界大戦などの大失敗をしでかしてきました。そこで、「国際連合」という戦争防止システムを創ることになりました。

 

まとめ

f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain以上、政治分野について薄平べったいおせんべいのように伸ばしてまとめてきました。受験勉強では、これらの内容をより深く学習していくことになります。すぐ書き終わると思ったのに時間かかった……。

 高校3年生が学習する政治経済のレベルでも、ここに書かれた内容を土台にさらに深めていくのみです。教科書や参考書での、政治分野の学習内容をまとめてみましょう。

 

 最初は、君主主義から革命によって民主主義となった過程を学習。次に、各国の政治制度(日本の政治制度も学んでないのに、なぜ外国の政治制度からやらねばならぬのか……)

 日本は間接民主制をとっているから、色々な仕組みが必要だ。大事なのは憲法。代表者に権力を委ねる以上、権力を制限しないといけないからね。まず日本国憲法ができた歴史。日本国憲法の特徴(平和主義はここに入る)。権力の制限その①として、基本的人権。ここが重たい。権力の制限その②として、国会・内閣・裁判所による権力の働かせ方ルール。ここも重たい。それから地方自治。代表者の選び方と、選ばれた代表者のグループ(政党)。

 最後に、日本を飛び出して国際政治だ。ここは、どうすれば戦争を防げるかがテーマに。戦争を防止するために作られた国際連盟は、なぜちゃんと機能しなかったのか。国際連盟の欠点を克服するために作られた国際連合とはどんな機関なのか。国際社会では、今どういう争いが起こっているのか。

 

 受験のための学習内容は、これでほぼ全部のはずです!

 そして、この記事ではこれらの内容を流れとしてつなげてきました。ちょっとでも誰かのお役に立てばいいなぁ。

 

 この記事を読んだ後に本格的に学習を始めるなら、大学受験生ならレベルにあわせて次のものを用意すればいいかな。参考書レビューや学習法紹介もいつかしたい。

 

・講義型の参考書(全部使ったことがありますが、以下の中ならどれでもいいような……。浮気しないで使い込むことが大切なのかも。文量が多く全体が見えづらいというハードルがあり、それを乗り越えるためにこのページを作った次第)

畠山のスパッとわかる政治・経済爽快講義 改訂5版

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センター試験政治・経済集中講義 三訂版 (大学受験super lecture公民)

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理解しやすい政治・経済 新課程版

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・一問一答

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・レベルに合わせた問題・過去問

よくここまで赤裸々に話したな、と/NHK「縮小ニッポンの衝撃」

概要

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 2016年放送。49分。

 100年近い国勢調査の歴史で、初めて人口減少が記録されました。

 これまで日本が直面したことのないこの事態のなかで、驚くほど深刻な問題が起きていました。

 全国の地方自治体はどんな問題に直面しているのでしょうか。

 「ここまで自分の自治体の問題を話してもいいの!?」と驚くほどの情報を得られます。

 

評価

勉強度:5

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f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain「登場する自治体の人たちは、ヤケになっちゃったのかな?」

 これが正直な感想でした。

 これから転入してくる人や訪れる人、経済的なやり取りをする人のことを考えて、自分の自治体はあまりマイナスにいうべきではないはずなんです。

 ですが、この番組では「うちこんなにヤバイです!」ということを、あまりにも赤裸々に話しすぎている。

 え、市の中には耐震基準を満たしていない40年前の保育園しかないの!? とか。

 ええ、高齢者(90歳)の見回りを住民(70歳)にやらせているの!? とか。

 えええ、コストのかかる市営団地から出ていってほしいからって、そんなあからさまなことをしてもいいの!? とか。

 これはもう、悲鳴なんですね。

 どうしようもないんでしょうね。

 「うちは人口減少に直面しているけど、なんとか頑張ってます! ほら、こんな独創的な施策もして乗り越えているんですよ!」という言葉を聞くより、胸に刺さりました。

 「そっちの意見も分かるんだけど、こっちだってどうしようもないんだよ! もう限界なんだよ!」って表情がたくさん出てきて、何かを訴えかけてくる。

 自治体の維持と、住民の幸せとの間に揺れる登場人物たちを見ていて、色々な考えが怒涛のように押し寄せてきます。

 

面白さ:4

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f:id:school_of_dog:20151105224448j:plain特に目を引く演出が入っているわけではない硬派な作りとなっているのですが、扱っている問題が切実すぎて、引き込まれないわけがない。

 

総評:4

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f:id:school_of_dog:20151105224448j:plainこの番組は天才型ではなく秀才型というか、特殊なことはしていないのだけど。

 問い自体の秀逸さと、地道な調査と、何より腹を割って話した住民・行政・市長らの思い切りの良さによって、見たあともズシンと残る出来になっています。